胚培養士の小野寺さん教えて！体外受精における受精卵の旅
当記事では、患者さんと当院胚培養士の小野寺が、実際に行ったカウンセリングをもとに、記事化したものです。不妊に悩む多くの方の一助になればと思っております。
はじめに：採卵後のカウンセリング
こんにちは、お待たせいたしました。胚培養士の小野寺です。
本日は、先日採卵された大切な卵子たちの、その後の経過についてご説明しますね。
早速ですが…結果を先に言うと、ものすごくうまくいきましたよ。
え、本当ですか？良かった…！どうだったのか、すごく緊張していました。
そうですよね、ご不安だったと思います。でも、本当に順調で、すでに凍結できた胚もたくさんありますから、まずはご安心くださいね。なかなかこんなにうまくいく方はいらっしゃらないので、私たちも嬉しく思っています。
では、一緒に受精卵の旅をのぞいてみましょう。まずは最初のステップである『受精』についてお話ししますね。
1. 受精卵のはじまり：受精という大切なステップ
今回、たくさんの卵子が採れましたので、2つの異なる方法で受精を試みています。
一つは『体外受精（ふりかけ法）』、もう一つは『顕微授精（けんびじゅせい）』です。
その2つの方法はどう違うのですか？
良い質問ですね。
それぞれに特徴がありますので、こちらの表でご説明しますね。
| 特徴 | 体外受精（ふりかけ法） | 顕微授精 |
| 方法 | 卵子が入った培養液に調整した精子をふりかけ、精子が自らの力で卵子の中に入っていくのを待ちます。 | 胚培養士が顕微鏡の下で状態の良い精子を1匹選び、細い針を使って直接卵子の中に注入します。 |
| 選択場面 | 精子の数や運動性に大きな問題がない場合に選択されます。 | ・精子の状態（運動率が低いなど）を考慮する場合。 ・体外受精で受精しないリスクを避けるため（リスクヘッジ）。 |
顕微授精は、精子の状態を考慮したり、万が一にも受精しないという事態を避けるための、いわばバックアッププランのような役割も担っています。
なるほど。それで、きちんと受精できたかどうかは、どうやって分かるのでしょうか？
はい、受精が成功すると、翌日に顕微鏡で卵子の中を観察します。その際、卵子由来の核と、精子由来の核がそれぞれ1つずつ、合計2つの核が見えます。
これが『正常な受精』が確認できたサインになります。
2つの方法の違いがよく分かりました。受精した後は、卵はどのように育っていくのですか？
2. 胚の成長：分割から胚盤胞（はいばんほう）へ
受精した卵、つまり『胚（はい）』は、ここから細胞分裂を繰り返して成長していきます。1つの細胞だったものが2つ、4つ、8つと、倍々に増えていくんです。
一般的に、培養3日目の時点で8細胞くらいになっていると、順調な成長と言えます。
すごいスピードで増えるんですね。その先はどうなるのですか？
実は、3日目以降が胚にとって非常に重要な転換期になります。ここから5〜6日目にかけて、胚は劇的に変化するんですよ。ポイントは2つあります。
1. 細胞数の急増
3日目の8細胞前後から、私たちが凍結の目標とする『胚盤胞』という状態になる頃には、細胞の数は100〜200個にもなります。ここから一気に成長が加速するんです。
2. 成長システムの切り替え
培養3日目までは、主に卵子に蓄えられていたエネルギーで成長します。しかし、それ以降は胚自身の力で成長するシステムに切り替わります。この段階からは、精子由来の遺伝子の影響がより大きくなると言われているんですよ。
卵子の力だけでなく、胚自身の力で…！精子の影響も大きくなるんですね。そんなにダイナミックな変化が起きているなんて。その『胚盤胞』になったかどうかは、どうやって評価するのですか？
3. 胚のグレード評価：未来の可能性を示す指標
胚盤胞の評価は、例えば『4AA』のように、数字と2つのアルファベットを組み合わせて行います。これは胚の見た目から判断する、いわば品質評価のようなものです。
数字とアルファベットに、それぞれ意味があるんですね。
その通りです。一つずつ解説しますね。
1. 最初の数字（3〜6）：胚盤胞の成長段階
•これは胚盤胞の大きさや発達の度合いを示します。
◦ 3：胚盤胞になったばかりの状態。
◦ 4：胚がさらに大きくなった状態。
◦ 5：胚を包む殻を破って、中身が一部外に出てきている状態。
◦ 6：胚が完全に殻から出てきた状態。
2. 1番目のアルファベット（A, B, C）：赤ちゃんになる部分の評価
•これは、将来赤ちゃんになる部分（胎児）の細胞の質を評価したものです。細胞の数が多く、キュッと密に集まっているほど評価が高くなります。
•評価はA > B > Cの順で、Aが最も良い評価です。
3. 2番目のアルファベット（A, B, C）：胎盤になる部分の評価
•これは、将来胎盤になる部分の細胞の質を評価したものです。こちらも細胞の数が多く、均一にきれいに並んでいるほど評価が高くなります。
•評価は同様にA > B > Cの順で、Aが最も良い評価です。
ということは、『4AA』は、しっかり大きくなっていて、赤ちゃんになる部分も胎盤になる部分も評価が高い、ということですね。良いグレードだと、妊娠の可能性も高いのでしょうか？
はい、グレードは妊娠の可能性を示す一つの指標になります。ただ、これはあくまで見た目による評価で、すごいざっくりとした基準ではあるのですが、大まかな目安として参考にしてください。
• AA の評価の胚：妊娠率 約50%
• B が含まれる胚：妊娠率 約40%
• C が含まれる胚：妊娠率 約30%
なるほど、一つの目安としてとても分かりやすいです。評価の良い胚は、その後どうなるのですか？
4. 未来への準備：凍結保存と移植スケジュール
グレードが良好で、凍結基準を満たした胚は、未来の移植に備えて『凍結保存』します。
凍結しても大丈夫なのですか？品質が落ちたりしませんか？
ご心配になりますよね。でも、ご安心ください。胚の凍結は非常に確立された安全な技術です。家庭用の冷凍庫とは全く異なり、-196℃の液体窒素の中で保存します。この状態であれば、時間はほぼ止まったままなので、半永久的に品質を保つことができるんですよ。
海外では、30年前に凍結した胚で無事に出産したという報告もあるくらいです。
30年も！すごい技術なんですね。移植は、いつ頃になるのでしょうか？
移植は、ホルモンバランスや子宮の状態を整えるため、採卵した周期ではなく、次の生理周期以降に行うのが一般的です。大まかな流れは以下のようになります。
• Step 1. 次の生理が来たら、3日目頃にクリニックを受診します。
• Step 2. 超音波検査や血液検査で、子宮内膜の状態やホルモン値を確認し、移植に向けて最適な状態に整えていきます。
• Step 3. 生理開始からおよそ3週間後を目安に、凍結しておいた胚を融解し、子宮の中に戻します（胚移植）。
今後の流れがイメージできました。色々とよく分かりました。ありがとうございます。
おわりに：希望をつなぐ
こちらこそ、お疲れさまでした。胚の成長は、一つひとつが本当に奇跡の連続です。私たちは、その大切な命の始まりを、責任をもってお預かりしています。
何か分からないことがあったら、いつでも声をかけてくださいね。